interview :
Pinegrove、最新アルバム『Marigold』インタビュー

Photo by Daniel Topete

米国ニュージャージー発のロックバンド Pinegrove (パイングローヴ) が1月17日に3枚目のスタジオ・アルバム『Marigold』を Rough Trade よりリリースした。前作『Skylight』(2018年)に引き続き、ニューヨーク北部の田舎にある家を改装したスタジオでレコーディングされた今作。フロントマンのエヴァン・スティーヴンス・ホール(Vo/G)が、自然に囲まれた環境ならではの制作エピソードを中心に、エネルギッシュでありながらも一つ一つ言葉を選ぶように丁寧に質問に答えてくれた。

ーー最新アルバム『Marigold』について聞かせてください。一番好きな部分はどこですか?

自分たちでレコーディングをしているんだけど、とにかく家でのレコーディングが大好きなんだ。インスピレーションが湧いてくるのをじっと待っていればいいし、田舎だから夜中の1時にドラムのレコーディングをしたいと思えばできる。自由度が高い贅沢な環境なんだ。レコーディング期間は本当に充実していたよ。友達と一緒に制作できてすごく楽しかったし、出来上がったアルバムを聴いているとレコーディングした時のことを思い出すよ。

ーー制作風景などを映したドキュメンタリーの『Command + S』シリーズも公開されていますよね。今作も映像に出てくるスタジオで録音されたそうですが、スタジオが1731年に建てられたと聞いて驚きました。

古い家なんだけど増築部分もあるんだ。一部屋はキッチン、もう一部屋のリビングはスタジオになっていて、今作のレコーディングに入る前にスタジオに防音パネルを貼ったんだ。だから、『Skylight』と今作のレコーディングの大きな違いは、防音パネルを貼ったことかな。

『Skylight』は音の広がりを大切にしていて、リハーサルを再現したようなサウンドになるよう意識していたし、その制作過程をリスナーに見てもらいたいという思いもあって『Command + S』というオープンな雰囲気のドキュメンタリーを制作したんだ。でも、今作ではありのままをレコーディングしたような、もっとダイレクトなサウンドをリスナーに届けたかった。完成した作品を「これが僕たちの作った作品だよ。気に入ってくれたら嬉しいな」って親しみを込めてさりげなくプレゼントするみたいにね。

ーーどうやってこの物件を見つけたのですか?

静かな田舎で、誰にも迷惑をかけることなく制作したかったんだ。当初予定していたニュージャージーとニューヨーク市からは少し離れた場所だったけど、レコーディングがうまくいったから、最終的にここで制作し続けようということになったよ。

ーーレコーディング期間の印象的な出来事はありますか?

そういえば、『Hairpin』という曲の2番の部分のギターラインをレコーディングしていた時の出来事を思い出したよ。スタジオには壁一面くらいの大きな窓があって、外を見るとものすごい勢いで雹が降ってきたんだ。まるで氷が降ってきて屋根にぶつかったように恐ろしい音だった。実際には曲中でその音は聞こえないと思うけど、「あぁ!この音は絶対に録らなきゃ!」ってすごくテンションが上がったのを覚えている。

ーー『Alcove』や『The Alarmist』の歌詞に「マリーゴールド」という言葉が出てきますよね。もちろんアルバムのタイトルにもなっています。マリーゴールドの花言葉には「健康」や「変わらぬ愛」といったポジティブなものと、「嫉妬」や「絶望」といったネガティブなものあります。「マリーゴールド」という言葉には実際どんな意味が込められているのでしょうか?

そうだね。マリーゴールドの花言葉にはポジティブなものネガティブなものがたくさんあってすごく複雑だということは知っていたよ。言葉の意味を知った上で、それを尊重して使いたいという思いがあったのはたしかだよ。

でも、僕にとっては「マリーゴールド」という言葉はそれとまた違った意味を表しているんだ。2つ前のアルバム『Cardinal』のテーマだった「木にとまる赤い鳥」は、創造の魂が訪れることの象徴だったんだ。自然発生的で予測不可能なものが、こちらが意図しないでも向こうからやってくるイメージに近いかな。『Marigold』のテーマはその逆で、「自分から行く必要がある」ということなんだ。つまり、自分が姿を見せる時期という点にすごくこだわったんだ。マリーゴールドの花が咲く時期は限られていて、年中いつも咲いているわけではないよね。咲いている時期と咲いていない時期の二面性を表現したアルバムなんだ。例えば外向性と内向性みたいな。「your best self(最高の自分)」という言葉があるけど、最高の自分を感じるような調子のいい時期もあれば、自信がなくてどこかに隠れてしまいたい時期があるみたいに。

もう一つの意味として、『Cardinal』は赤、『Skylight』は青、そして今回の『Marigold』が黄色を表しているんだ。これら3枚は、三原色を参考に「色」を大切にした作品群とも言えるよ。三原色って全世界共通の概念だよね?実は、『Phase』のミュージックビデオを撮影していた時に初めて知ったんだけど、三原色の赤と青ってマゼンタ、シアンっていう色なんだね。映像や、LEDライト、印刷とかの分野で使う用語みたいだけど。単なる赤や青じゃないって知ってすごく驚いたんだ。

ーーたしかに、CMYKという言葉をよく聞きますよね。なるほど、では3つのアルバムが揃うと自然に赤と青と黄色になるのですね。では、これは最初から特に意図していなかったのでしょうか?

うん、最初から意図していなかったけど、結果がどうなるか分からないまま進んでいくと、今回みたいに何かアイデアが見えてくる。Pinegroveのソングライター、そしてクリエイティブディレクターとして自分が語ること、そしてそれが内包する意味に一貫性があるよう、控えめではあるけれどちゃんと丁寧に説明ができるよう心がけているよ。

ーー今回のプロモーションの一環としてマリーゴールドの種が一部のファンに郵送されたそうですね。誰のアイデアだったのですか?

そうそう!エキサイティングな気持ちの種を蒔くにはどうすればいいか話し合っていた時に出たアイデアなんだ。アルバムだけじゃなく、僕たちのポジティブな考え方も世界に届けられるような、作り手と受け手がコミュニケーションできる楽しい方法はないかな…って。つまり、僕たちなりのファンとの交流手段みたいなものだったんだ。

ーー1stアルバム『Meridian』からこれまでを振り返ると、インスピレーションや制作プロセスの面でどのように変化しましたか?

プロセス自体をよりクリアに、よりシンプルにすることを目指してきたよ。ソングライターとして、Pinegroveの強みは一体何か、どうすればその強みを表現できるのかを考えるようになったし、自分たちの限界を押し上げようとしてきた。たとえ影響を受けているものがその都度変化しても、ベースになっているPinegroveの音楽性は最初からほとんど変わっていないよ。影響を受けている好きなアーティストといえば、最近だとCasey MusgravesとSecond Gradeをよく聴いているよ。

Ben Seretanも好きだよ。彼の『My Life’s Work』は単音で長い音が続く美しいドローン・ミュージックのプロジェクトで、30分の長さの作品をこれまでに48作発表しているんだ。ここまで一つの音をとことん突き詰めている作品を聴くのは楽しいし、衝撃を受けたよ。彼の作品を聴くことで自分の本質に近づくことができる気がするし、包まれているような安心感もある。ミニマルな素材で最高の作品を作るアーティストに出会うと本当に感動するんだ。歌詞を書いていたときに彼の音楽をたくさん聴いていたよ。彼の曲を聴いて皆が僕と同じ感じ方をするとは限らない。ただ単に一つの音が30分も鳴っているだけだと思う人もいるかもしれないけど、僕にとっては琴線に触れるすごく大好きな作品だよ。

音楽以外だと、小説や文学が大好きで、特に20世紀の文学作品の大ファンなんだ。Donna Tarttの『The Goldfinch』が良かった。曲を書いている時は、George Saundersの『Lincoln in the Bardo』を読んだよ。両方とも深い芸術体験ができた作品だよ。

ーーPinegroveのライブをまだ体験したことはないのですが、いつもYouTubeでライブ映像を見て楽しんでいます。これまでで一番印象に残っているライブは何ですか?

2017年のPitchfork Music Festivalかな。実はその日はドラムのザックの誕生日だったから特別なライブになることは間違いなかったんだけどね。でも、見渡す限りいっぱいのオーディエンスを見て嬉しくなったし、音響もステージも最高だった。綺麗な湖が広がっていて、満足のいく演奏もできて、オーディエンスとの一体感を感じた。電流が走るような強烈な感覚だったよ。

ーーその様子もドキュメンタリー映像に入っていますか?

多分入っているはず。ライブ映像よりはレコーディング風景が多いと思うけどね。

ーーオーディエンスがボーカルに合わせて一緒に歌う姿も印象的ですよね。オーディエンスの反応についてはどう感じていますか?また演奏する側としての気持ちも聞かせてください。

ステージに立っているときの気持ちは、基本的に興奮しすぎてあまり覚えていないんだ…。ステージに上がってからステージを降りるまで、「わあ!何だかあっという間の出来事だった!」みたいな感覚だよ。たくさんライブをしてきたからそれなりにたくさん覚えているはずなんだけどね…。

でも、例えば、基本的に僕が書く歌詞は一人称だけど、僕が「I(僕)」で歌っている時、もちろんオーディエンスも「I(私/僕)」で一緒に歌うよね。まるで僕が書く歌詞の世界に入って歌っているみたいに。だから、僕にとってそのことはとても大きな責任だって気づいたんだ。たとえ「I」 と歌っていても、彼らにとっては彼ら自身のことを指している場合もあるし、そうでない場合もある。どんな場合であっても、「I」が意味する「自分自身」には肯定的な意味合いを持たせたいんだ。最初は不和や衝突がきっかけでできた歌詞であっても、問題が解決したり救われるようなポジティブな結末を残したいんだ。最初は自分自身の気持ちを歌詞に書いていたけど、オーディエンスが一緒に歌ってくれることで、自分のことだけじゃなく、彼らにとっての「I」を意識するようになったよ。

ーー地元モントクレアのカルチャーシーンについて教えてください。

モントクレアはニューヨーク市から西へ12マイルほどのところにあって、ニューヨーク市のベッドタウンだよ。大学があるからユースカルチャーが盛んでおもしろい街だよ。若者がたくさんいて、音楽とかお酒とか若者が好むものは何でもある。Montclair Book Centerという素晴らしい本屋があるんだけど、僕は4年間そこで働いていたんだ。おかげで文学についての知識や理解を深めることができたよ。

つまり、モントクレアはクリエイティブなことができる機会もあるし、都会へもアクセスしやすい場所なんだ。僕自身、子どもの頃はニューヨーク市によく行っていたけれど、騒がしくて威圧的というか…単に刺激的な街というだけかな(笑)。好みは人それぞれだからね。僕が静かな環境を好む人間になったというだけで、タイムズスクエアみたいな都会の喧騒を好む人ももちろんいるし(笑)。でも、モントクレアがどのような街かを表現するには、ニューヨーク市との比較するのが分かりやすいと思うよ。

ーー先ほど音楽や本の話が出ましたが、もし他に影響を受けたものがあれば教えてください。

さっき話したのは主に『Marigold』を作っていたときの話だったよね。やっぱり僕はとにかく読書が大好きで、大学でも文学を学んでいたんだ。特に20世紀のアメリカ文学を中心にいろいろ読むけれど、日本の文学作品にも興味があるよ。といっても、世界のムラカミのように、日本以外でも高い評価を得ている有名な作家しか知らないから、それ以外でおすすめの現代日本の短編作品があったら是非教えてほしいな。

あ、思い出した、最近読んだ吉本ばななの短編集『とかげ』は本当におもしろかった!あとがきで彼女が「これからソニックユースのコンサートに行きます!」って書いていたよね。1994年に書かれた作品だったし(※実際には日本版は1993年出版、英語版翻訳は1995年出版)、(アメリカ英訳版は)追悼の意を込めてカート・コバーンに捧げられた本なんだよね。

文学や音楽の世界が混ざりあっているような作品が大好きなんだ。異なる要素同士がつながりあう他家受粉みたいに。特に作者がそれを意識して書いた作品は、読んでいていつもワクワクするよ。

あともう一つ、「ただ自然の中に身を置く」ということから多くのインスピレーションをもらっているよ。田舎で生活していると、自然のなかを歩いているだけでたくさんのアイデアが浮かぶんだ。裏庭に広がる森も大好きで、そういった自然から授かったインスピレーションが今回のアルバムに反映されているよ。かなり保守的な地域ではあるけど…(笑)。自然の中に身を置いたことで、感覚が目覚めたのかも。自然から離れて暮らしていると忘れてしまうような他人への思いやりや人間らしさを取り戻せた気がする。「やぁ!元気?」って気軽に言えるようになるというか。つまり、「ただ自然の中に身を置くこと」そして「本来の状態でいる」ことで、自然との誠実な関係を取り戻すことができると思うんだ。

ーー2020年の予定はいかがですか?来日がいつか実現すると嬉しいです。もうすぐ始まる北米とヨーロッパツアーへの抱負や目標を教えてください。

もちろん!日本にも行きたいと思っているよ。来日公演は僕たちのウィッシュリストに入っているから、実現するといいな。このインタビュー記事がきっかけで、日本の人たちがPinegroveのことを知ってくれたらとても嬉しいよ。
もうすぐ始まるツアーでは、『Marigold』を聴いてくれた人たちの前でアルバムの曲を演奏するから本当に楽しみでしかたないよ!

ーー日本のファンへのメッセージをお願いします。

僕たちの音楽を見つけてくれて嬉しいし、これから先も聴いてもらえるといいな。いつも応援してくれて、ただただ感謝の気持ちでいっぱいだよ。