interview :
Salami Rose Joe Louis インタビュー

8月30日に最新アルバム『Zdenka 2080』をフライング・ロータス率いる Brainfeeder からリリースして話題になった、アメリカのサンディエゴ出身の Salami Rose Joe Louis (サラミ・ローズ・ジョー・ルイス)。ジャズとエレクトロニカが融合したようなノスタルジックなサウンドが印象的な今作は、多次元旅行をテーマとしたSF物語仕立てとなっている。今回のインタビューでは『Zdenka 2080』の世界をより楽しめるようなエピソードを語ってくれた。

収録曲「Sitting with Thoughts」のホームセッション映像

ーー最新アルバム『Zdenka 2080』についてお聞きします。アルバムを通して1~8次元へと旅する物語になっている構成が印象的で、最後の曲『To Be Continued…(続く…)』も次回作が楽しみになる締めくくりです。今作では宇宙のモチーフがたくさんでてきますよね。大学時代に宇宙学科を学んでいたそうですが、アルバム制作にあたり影響を受けた宇宙にまつわる学説やエピソードはありますか?

有機化学分野のエピソード、特に化学者のアウグスト・ケクレがみた夢の話の影響が大きいです。ケクレはある日、一匹のヘビが自分の尾をくわえて輪になって動くという夢をみたのですが、このヘビはぐるぐると回り続ける生命の姿のメタファーでもあるんです。この夢がきっかけでケクレは6つの炭素原子が正六角形に結合した「ベンゼンの六員環構造」を思いつきました。

今回のアルバムでは、登場人物が最終的に宇宙の誕生を意味する宇宙の夜明けにたどり着く、という循環的な流れのストーリー構成にしました。化学反応から生まれる哲学的な思想や寓話、負電荷と正電荷のバランス、そのバランスが周囲の宇宙に次々にもたらす影響にヒントを得ました。愛してやまない科学の世界と同様に、このアルバムでも抽象的かつ現実味のある物語を書きたくてこのような内容になりました。

ーー一作目のアルバム『son of a sauce!』(2016年)、二作目のアルバム『Zlaty Sauce Nephew』(2017年)に続き、今回もたっぷり22曲収録されています。これまでの3作すべて25曲前後入っていて短期間で多作な印象があります。新しいアイデアが次から次にとめどなく溢れてくるのでしょうか?制作プロセスを教えてください。

とめどなくどんどんと溢れる…まさにそんな感じです!枯渇状態の後に想像力という湧き水が激しく湧き出てくることが多いです。作曲は好きなので毎日のようにします。イマイチな曲も多いのですが、電気が走ったように突然ひらめいたり、急にメロディが降ってくることもあります。制作期間中の食事はたいていM&Mピーナッツチョコレートやポテトチップスで、あまり寝ていません。

ーーどんな環境でいい曲が書けますか?

2、3日の間、完全に一人になって、自分を取り巻く森羅万象に耳を傾けたり、インスピレーションが湧き上がる時ですね。暮らしのペースを落として、一人でじっと座ったりしています。録音は自分のベッドルームで行う宅録スタイルです。これまでに発表してきた作品は、ルームメイトが出かけている時に作ったものが多いです。

ーーアルバムのテーマが「2080年のディストピアな地球」とのことですが、このテーマにした理由やインスピレーションの源を教えてください。

収録曲「Octagonal Room」MV

気候変動についてあれこれ考えているうちにアイデアが浮かんだり、SF小説、特にオクタヴィア・バトラーの『Parable of the Sower』にインスピレーションを得ました。ポジティブで本質的な価値がある物事に惹かれるので、そんなメッセージを歌詞に込めました。この世界にもっとポジティブな思考やイメージが増えれば、他者に対してもっと思いやりを持てるし、これからの未来に希望が持てる気がします。

アルバム全体を通した物語についてお話しますね。まず、八角形の部屋のそれぞれの壁に8枚の絵が飾られているのですが、その絵を描き直している一人の画家がいます。絵画はそれぞれ1~8次元へ通じる扉になっていて、八角形の部屋全体は地球の頭脳を、それぞれの次元は地球の思考を表しています。人間は地球の思考に影響を受けるのですが、その思考はそれぞれの絵画の内容に左右されます。ポジティブな内容であれば人間はポジティブになるし、ネガティブであればネガティブになってしまう。つまり、その画家が描く風景やモチーフが人間の意思や行動に直接影響を与える、といったストーリーです。

私たち人間の意識は実は深いところで全て繋がっている、ということをポジティブなメッセージとして歌詞で表現していきたいし、目的意識をもって作品を作っていきたい。その気持ちを常に大切にして今後も音楽を作っていこう、という自分自身へのリマインダーの意味も込めてこの物語を書きました。

ーー自分の幼少期の写真をアートワークのコラージュでよく使用されていて、サラミ・ローズ・ジョー・ルイスの作品を語る上で「宇宙」の他に「子ども」も重要な要素のように感じます。宇宙と幼少期の出来事は深く関係していますか?

心と宇宙が無限に広がってく感じは、やはり子どもの頃の記憶と繋がっていますね。子どもの頃は霊や前世をよく見ていたのですが、ある年齢になると大人たちから「それは本当に見えているものではないよ」と言われ、見なくなってしまって…。ピュアで自由な子どもの空想力が社会から邪魔されることなくのびのびと育っていたら、人生はもっと素晴らしいものになるのに…なんてことをよく考えます。子どもの頃の好奇心は純粋無垢で、宇宙に対するおおらかさも本当に素敵ですよね。

ーーアルバムの16曲目は珪藻(※ガラス質の殻に包まれている小さな藻)の曲で、ご自身も「珪藻オタク」を自称していますが、宇宙とはまた違う海洋科学の分野に属する珪藻の魅力とは?

珪藻のことを聞いてくれて嬉しい!数年前、研究室で働いていたとき、一日中海水を顕微鏡で観察していたのですが、珪藻がもつ本質的な美と幾何学的な形の虜になってしまって。左右対称のユニークな構造も面白いし、見た目も美しい珪藻の曲を作れたらいいなぁと思って過ごしていました。

珪藻のような海中の微小な生き物は、目に見えない程とにかく無数に存在しているせいか、計り知れない恐怖を感じます…。巨大な網のように細かくて不気味で…。そんな不穏な雰囲気が漂っているのがこの珪藻の曲で、主人公が姿形を変え始める直前の様子を書きました(※次の17曲目は、分子に姿を変えた主人公のSalamiが動物→惑星→ビッグバン→恐竜→植物…とどんどん形を変え、最後にまた Salami に戻るという内容になっている)。物語の中では一番恐ろしい場面です。

ーー生まれ育ったサンディエゴでは高校時代にパンクバンドを組んでいたそうで、意外な印象を受けました。当時のサンディエゴのミュージックシーンはどうでしたか?

当時のサンディエゴのパンクのシーンは最高でしたよ。通っていたライブハウスのほとんどが年齢制限なしだったおかげで、子どもの頃からいろいろなライブに行けてラッキーでした。特にChé Caféというライブハウスの雰囲気がすごく幻想的で好きでした。そこで観たライブを今でも覚えているくらいお気に入りの場所です。

大人になってからは、ジャズ、レゲエ、ロックをたくさん聴くようになりました。父がレコードやカセットをたくさん持っていたのですが、それらのジャンルからはかなり影響を受けています。電子音楽やヒップホップ、特にフライング・ロータスを聴き始めてからは、音楽の聴き方や作曲方法が大きく変わりましたね。ビートを意識するようになったせいか、ピアノの和音で音の雰囲気を作るようになりました。あと、ドラムの効果的な使い方も考えるようになりました。

ステレオラブも自分の人生を変えたバンドで、歌詞や音作りにかなり影響を受けています。ステレオラブを初めて聴いたときのことは今でもよく覚えていて、夜空を見ながらヘッドホンから聞こえてくる神々しくて宇宙っぽい音に畏怖の念すら感じて、とにかく感動しました!

ーー好きな音楽の幅がかなり広いのですね。ずばり、一番好きなアルバムは何ですか?

わー!好きなアルバムがありすぎて難しい質問ですね。最も影響を受けたアルバムを選ぶとすれば、ステレオラブの『Dots and Loops』と J-Dilla の『Donuts』です。自分の音楽人生を形成した二枚ですね。二枚とも名盤中の名盤ですが、自分の音楽の聴き方や制作の仕方に影響を与えた作品です。もし高校時代にこの質問をされていたら、キャプテン・ビーフハートの『The Spotlight Kid』とエロル・ガーナーの『Concert by the Sea』と答えていたと思います。今でもほぼ毎日、エロル・ガーナーを聴くぐらい好きなんです。彼のピアノ演奏は最高!これからもずっと尊敬し続けます。

ーーフライング・ロータスが主催するレーベル Brainfeeder と契約したというニュースが今年話題になりました。契約に至ったきっかけを教えてください。

2016年に1作目のカセットテープをリリースした際、Brainfeeder の代表 PBDY が連絡をくれて(当時は彼が Brainfeeder で働いていることを知らなかったのですが…)、ライブを観に来てくれたのがきっかけです。すぐに仲良くなり、一緒に仕事をしたいねという話をしました。2017年に2作目のカセットテープをリリースした後、彼が Brainfeeder チームのメンバーを紹介してくれました。私にとってフライング・ロータスや Brainfeeder 所属のアーティストはずっと憧れの存在だったので、Brainfeeder に仲間入りするという自分の夢が叶った瞬間でした。信じられない出来事だったし、実は今でもまだ信じられないくらい!

ーーそんなフライング・ロータスとのアメリカツアーを9月に終えたばかりですが、ツアーはいかがでしたか?

フライング・ロータスのツアーへの参加は、自分にとって刺激的で最高の経験でした。彼の音楽に対する情熱や妥協のないまっすぐな姿勢を毎日目にすれば、きっと音楽に携わる人なら誰でも刺激を受けるはず。彼は、ツアー中でも常に学ぶ姿勢を忘れないし、練習を積んでさらに飛躍しようとしていました。彼のそういう姿勢をこの先もずっとお手本にしていきたいです。

ーーアメリカツアー中のインスタグラムを拝見したのですが、NYのライブ会場での坂本龍一氏との2ショットが印象的でした。二人ともすごく素敵な笑顔でしたよね。

とても嬉しかったし光栄でした!坂本さんのクリエイティブでユニークなところが大好きです。正直なところ、私は心から尊敬する人に会うと、恥ずかしくて緊張してしまうタイプなんです。だからあの時は自分からいろいろなことを話す勇気がなくて。でも、彼の作品が大好きだと伝えることができて良かった。とても親切で優しい方でしたよ!会った後恥ずかしくなってしまい、すぐにその場を逃げ出した感じになってしまったけれど、次にお会いできたらもっといろいろなことを聞いてみたいです!

ーー楽器の演奏、プログラミング、ミックス、プロデュースを一人でこなしていますが、今後音楽制作でチャレンジしたいことはありますか?

いろいろなミュージシャンともっとコラボレーションしていきたいです!ここ数年、バンドで演奏していますが、バンドメンバーと演奏するのは本当に楽しい。演奏力が高くクリエイティブな人たちばかりなんです。次のアルバムでは、もっとたくさんのミュージシャンと一緒に仕事をして、生き生きとした空気感や感情を大事にした有機的な感じの作品ができたらいいです。ミキシング・エンジニアと一緒に仕事をして、ミックスのコツも学んでみたいです!