interview :
ロンドンの男女デュオ Kit Sebastian、1st アルバム『MANTRA MODERNE』インタビュー

2018年ロンドンにて結成、デビューアルバム『MANTRA MODERNE』を 7/19 にリリースしたばかりの注目のデュオ Kit Sebastian (キット・セバスティアン) のインタビューをお届けします。ボーカル、作詞、映像担当でイスタンブール出身の Merve。フランスとロンドンを拠点に活動し、すべての楽器パートを手がける Kit。ジャズ、トロピカリア、ポップ・ミュージックなど多彩な要素を織り交ぜ、ジャンルとジャンルの境界を溶かしていくような全く新しいサウンドです。バックグラウンドや今回のアルバム制作の話を中心に、二人に共通する感性や作品に込めたテーマに迫りました。リリース直後で忙しいにもかかわらず、スケジュールの合間を縫って二人揃ってインタビューに答えてくれました。

ーーまずはKit Sebastianのバックグラウンドについて教えてください。結成は2018年とのことですが、お二人はどのように知り合ったのですか?また、一緒に音楽を作ることになったきっかけを教えてください。

Merve:全く予想外の出会いでした。ロンドンに引っ越して1ヶ月後、偶然KitのSNSで「トルコの歌手を募集中」という投稿を見つけました。黒海地方の山で歌う村人になりきった自分の動画を送ってみたら、Kitが気に入ってくれました。

音楽、映画、感性などについて話しているうちに、芸術的な感性や好みがかなり共通していることが分かり意気投合しました。異国の文化への好奇心が旺盛なのも同じだったので、一緒に音楽を作ることでお互いの共通点や普遍性をさらに追求していけたらと思いKit Sebastianを結成しました。

ーーKitにお聞きしたいのですが、12歳からミュージシャンとしてキャリアをスタートされたそうですね。どんな楽器を演奏しますか?また、どのように習得したのですか?

Kit:12歳のときにブルースギターを始め、15歳のときにピアノに転向しました。それ以来、いろいろな民族楽器を演奏していますが、いつも楽しみながら習得してきました。

ーーそれでは、10代の頃にはどんな音楽を聴いていましたか?その音楽は今の音楽作りにどのように影響していますか?

Kit:ソフト・マシーンのようなプログレッシブ・ロックバンドが大好きでした。もし当時に戻って曲を録ることになったら、今とはまったく違った音楽になっていただろうし、マルチトラック・レコーダーの4チャンネルも使えなかったと思う。

でも、今の僕たちの作品に見られるジャズ・ハーモニーをポップスに変換したようなサウンドは、おそらくその頃聴いていた音楽の影響かもしれません。

ーーデビューアルバム『MANTRA MODERNE』についてお聞きします。アルバム制作のプロセスについて教えてください。

Kit:最初に簡単なメロディを考え、それにジャズコードを付けコード譜を作りました。その後8トラック・テープにまずはドラムを録ってから、他の楽器のパートを録音していきました。「ピンポン録音」(マルチトラック・レコーダー上に空きトラックを作るため複数のトラックをミキシングする手法)することで、各楽器のパートが曖昧になって、乱れた電磁波のような奇妙なサウンドが生まれます。

Merve:作詞よりも作曲が先でした。ボーカル以外の全パートを録音した後、歌詞に盛り込みたいテーマや感情などのアイデアを出し合いました。曲作りが毎回このようにきちんと計画的に進むわけではなくて、間違えた箇所や即興の部分もわざと残しています。

ーーアルバム全体を通して完成までにどのくらいの時間がかかりましたか?

Kit:楽器パートは2週間かかりましたが、Merveの作詞期間を含めるともっと長くかかりました。

ーーこのアルバムを『MANTRA MODERNE(=現代のマントラ)』と名付けたのはなぜですか?

Kit:西洋の近代性と東洋の伝統的な民族文化の融合を意識した音楽や映像なので、このタイトルを思いつきました。

Merve:東西の概念的な境界を曖昧にする、という意味もあります。たしかに私たちの音楽や映像は東洋の民族文化の影響を受けてはいますが、どちらかといえば60~70年代のトルコ、イラン、中央アジア、北アフリカのポップやロックのような「現代的」で進歩的なものからの影響が強いです。

近代=西洋、伝統=東洋と簡単に結びつけて、どちらか一方の要素だけを理解すれば、物事全体も理解できるはず、というのは安易で問題のある概念だと思うし、文化や政治においてもその考え方がずっと定着してきました。作品の中で意識的に取り扱っていきたいテーマでもあります。

こういった音楽性と作品制作におけるスタンスを示したくて「MANTRA MODERNE」というタイトルにしました。

ーーKit Sebastian の音楽を表現する際にしばしばステレオラブ、クルアンビン、セルジュ・ゲンスブールなどの様々なジャンルのミュージシャンに例えられますが、自身ではどのように音楽を形容しますか?

Kit:最初に僕たちのアルバムを所属レーベルである Mr. Bongo に売り込んだときのメールの件名が「Anatolian Samba(アナトリアのサンバ)」でした。その表現はあながち間違いではないけれど、「Nouvelle Vague Anatolia(ヌーヴェルヴァーグ・アナトリア)」の方がぴったりだと思う。

*アナトリア=古代小アジア。現在のトルコ

Merve:どのジャンルにも当てはまらないし、いろいろなジャンルの音楽の要素を取り入れているから、言葉で表すのは難しいと思う。

ーーMerveにお聞きしたいのですが、歌詞を書くうえで重要視していることはありますか?

Merve:愛、喪失、崩壊、イデオロギーについて書いています。時代を超越した普遍的なものなので歌詞にしたいテーマですね。純粋なラブソングや自信たっぷりな感じのプロパガンダっぽい歌よりも、偽りのない感情、不純な気持ち、乱れた精神状態についての歌が好きです。私の性格の問題だと思うのですが、そういった精神的で感情的なテーマのほうが、リアルな歌詞が書けます。「愛」についての話には、純愛だけでなく愛を失うことも含まれます。同様に「イデオロギー」にはイデオロギーの限界や衰退のことも含まれるし、「夢」には悪夢なども含まれます。歌詞の背景にあるストーリーはシンプルかもしれないけど、文字どおりの表現を使った分かりやすい歌詞はほぼ皆無で、ネガティブな要素も含めています。

ーーもしも一緒にコラボレーションできるとしたら誰ですか(故人でも構いません)。

Kit:ファラーマルズ・パーイヴァル。音楽における真の規律を見てみたい。

Merve:ミーナ(・マッツィーニ)。彼女のカリスマ性、独特な歌声や姿勢に惹かれる。

ーー音楽を作る時の主なインスピレーションは何ですか?

Kit:現代の集団間感情を外在化すること。

Merve:音楽を作っている時はインスピレーションをあまり意識していません。カタルシスを得るような自然に湧いてくるものです。

ーー音楽以外に影響を受けているものは何ですか?

Kit:フランスの麦畑とリカール(お酒)。

Merve:映画。本。憂鬱な気分から抜け出せない時期。

ーーMerveに質問です。以前映画を勉強し、映像制作の仕事に携わっていたそうですが、Kit Sebastianの作品にどのように影響していますか。また、影響を受けた映画があれば教えてください。

Merve:嬉しいことに、Kit も映画が大好きなんです。私たちの音楽は全体的に映画的な要素が強く、歌詞や歌い方はかなり表現豊かで演劇的だと思います。フランスのヌーヴェルヴァーグとイタリア映画のサウンドトラックが音楽やビジュアル面に大きく影響しています。

映画監督でいうとイングマール・ベルイマン、ミケランジェロ・アントニオーニ、ピエル・パオロ・パゾリーニ、ジャン=リュック・ゴダール、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、ロマン・ポランスキーの作品や、作品に登場する女優に影響を受けています。

ちなみに、Kit Sebastian のミュージックビデオの制作と監督も私が手掛けています。

ーー2019年後半の予定を教えてください。

Kit:16mmフィルムを使って映像作品を撮る予定です。新しいアルバムも完成できればと思っています。

Merve:そうなんです。Kit が今話したように新しいアルバムを制作中です。うまくいけば、今年末までに完成できるかもしれません。世界中でライブをして、ビジュアル面でももっと実験し続けられればいいですね。