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ドイツのプロデューサー Christian Löffler (クリスチャン・レフラー) インタビュー

今年1月に初来日を果たし、3月に4枚目のスタジオアルバム『Lys』をリリースしたドイツのプロデューサー Christian Löffler (クリスチャン・レフラー) のインタビューをお届けします。2009年のデビュー以来、繊細でミニマルなディープ・ハウス~アンビエントトラックを自身が主宰するKiレコーズよりコンスタントに発表してきたクリスチャン。バルト海沿岸の自然の中にひっそりと佇む自宅スタジオで作られた今作は「光」が大きなテーマとなっており、時間や季節の移ろいとともに刻々と表情を変える光にインスパイアされた制作エピソードなどを語ってくれた。

ーーまずはバックグラウンドについて教えてください。ドイツはテクノなどの電子音楽で有名ですが、影響を受けた電子音楽のアーティストはいますか?

電子音楽にハマった時期はいろいろなアーティストを聴いていたけれど、ドイツのアーティストだと Apparat、Antje Greie-Fuchs、Mouse on Mars をよく聴いていたよ。

ーー電子音楽にのめり込む以前は何を聴いていましたか?

それまでは Led Zeppelin や The Who、Deep Purple とかのクラシックなロックしか聴いていなくて、当時は「生の楽器で演奏する音楽=本物の音楽」と思っていた。

ーー実際に自分で音楽を作り始めたのはいつ頃ですか?

音楽に興味を持ち始めたのは10歳の頃だった。親友がギターを習っていて、ジョー・サトリアーニやスティーヴ・ヴァイのアルバムを聴いていたよ。14歳ぐらいの時、PCで作曲できることを知って電子音楽の世界に足を踏み入れたんだ。僕はチームワークがあまり得意ではないから、最初から最後まで一人で制作できる電子音楽が性に合っていたし、アイデアをすぐに形にできるのも良かった。最初の頃はとても大変だったけどね。でも、電子音楽の可能性は無限だし、音で遊んでみたり音やメロディを探していろいろ試すのがすごく楽しかった。

ーー自宅スタジオで音楽制作をされていますよね。音楽制作以外に絵を描いているとのことですが、絵を描くためのアトリエも併設されているのでしょうか?

スタジオには音楽制作用と絵を描くための部屋がそれぞれあるよ。空間は分かれているけど部屋同士がつながっているから、絵を描いている最中でも気が向いたら音楽作りの部屋に移動できるんだ。音楽を作りながら何か描きたいなと思うこともある。今住んでいるところはドイツ北東部、バルト海から300メートルのところにある小さな村。家の前の海岸沿いには森があって、ランニングをするのが毎朝の日課だよ。夏のホリデーシーズン以外はほとんど人を見かけない静かなところなんだ。

ーー最新アルバム『Lys』についてお聞きします。アルバムの制作過程を教えてください。

2016年の『Mare』のリリース後はライブで忙しくしていたから、一旦音楽から距離を置いて一息つきたかった。それで、また絵を描きたくなってスケッチブック片手にデンマークに旅に出たんだ。何枚かスケッチしたんだけど、そのスケッチにインスピレーションを得てふと音楽も湧いてきた。

旅行中にできた6曲を集めたのが去年発表した『Graal (Prologue)』で、ジャケットのドローイングは冬のデンマークで描いたものだよ。旅に出た目的は絵を描くことだったのに結局音楽ができてしまった、という感じ。ちなみにその中で最初にレコーディングした曲が『Ry』だった。

『Graal』リリース後はまたライブツアーに出たけれど、家では音楽を作らずに絵ばかり描いていたんだ。いろんな展覧会を見に行ったりして、すごくリフレッシュできた時期だった。デンマークへの旅以降、少しずつ制作していた音楽が今回の『Lys』の出発点のようなもので、アルバム完成までに3年かかったよ。

ーー収録曲『Noah』ですが、Instagramのハッシュタグ「#noahstories」を見ると、世界各地の公衆電話の写真が投稿されていますよね。実際『Noah』のPVには様々な公衆電話が登場します。公衆電話とこの曲との関係性を教えてください。

この曲が出来上がった後に撮影監督のMishka Kornaiと連絡を取り合っていたんだけど、今でも公衆電話を使っている人たちにまつわる映像を彼が撮りたがっていたんだ。生活の中で変化しつつあるもの、特に手紙や公衆電話のように姿を消しつつあるものについてはちょうど僕もあれこれ考えていたところだった。

自分が公衆電話を最後に使ったのはいつだったかは思い出せないけれど、今でも使っている人は実際にいて、そこにはそれぞれの物語がある。彼らはなぜ今でも公衆電話を使い続けるんだろう、何を思いながら使っているんだろう、なんてことを考えていたんだ。

街の公衆電話は撤去されつつあるから「そもそも街に公衆電話なんてまだ残っているのかな?」とも思ったり。かろうじてまだ残っている公衆電話を見つけても、どこか破損していたり故障していたりしている。でも、かつてその電話で話した人たちのエネルギーはまだ残っている気がしたんだ。電話越しに人々が語った物語や会話の余韻を、ひっそりと佇む電話ボックスから感じられる、と思ったのがこのPVができたきっかけだよ。

ーー1作目のアルバム『A Forest』以降、「自然」は作品の中で常に重要な役割を果たしています。 自然の中で好きな音はありますか?

浜辺に打ち寄せる波の音が瞑想的で好きだよ。

ーーよりリアルな自然の音を入れるためにフィールドレコーディングの手法も取り入れているのでしょうか?1枚目のアルバムから約10年経ちましたが、自然を意識した音作りに変化はありますか?

『A Forest』制作時に故郷の近くの森を歩きながら録音した音は、今でもずっと使っているよ。もちろんフィールドレコーディングの音をどのように取り入れるか、といったアプローチの仕方は変わってきた。僕の作品にとって自然は必要不可欠な要素で、それは初期からずっと変わらない。アーティストとして良質な音楽を作り続けるためには、今住んでいるような自然に囲まれた静かな場所が必要だと思ったんだ。都会に引っ越したいと考えたことはなかった。

アルバムタイトルには、良い作品を生み出せたり集中力を高めてくれる場所にちなんだ名前をつけるようにしているよ。最初のアルバム『A Forest』は、森の中を長く散歩することで平和を見出していた時期に作った作品。それから数年経って、森に囲まれた環境から今度は海の近くに引っ越した。バルト海からたった300メートルという環境が2作目の『Mare』(※Mareはラテン語等で「海」の意味)を作るきっかけになったんだ。

2017年に再び絵を描き始めたことも新しい音楽を生み出すインスピレーション源になった。そしてここ数年は、自然のなかでも「光」が自分の作品、特にビジュアル面においてかなり重要だと実感したんだ。デンマーク滞在中は写真を撮ったり絵を描きながら、北部でしか見られない美しい光を追いかけていた。だからアルバムタイトルをデンマーク語で光を意味する「Lys」にしたんだ。

ーーデンマークへの旅は大きな意味があったのですね。

デンマークの他にスウェーデンとノルウェーにも行ったよ。北欧が大好きで、スカンジナビアを拠点に活動する友人やアーティストとよく一緒に仕事をしているんだ。

ーードイツ北部やスカンジナビアなど北の地域で見られる光は特別とのことですが、他の場所と比べてどのように違うのですか?

北の地域に限らず光の見え方は世界中のどこでも違うよね。光がこの世界に与える印象や雰囲気の違いに魅了されたんだ。時間の流れや季節の移ろい、そして常に変化し続けるこの世界に合わせて光はどんどん表情を変えていく。でも北の地域で見られる光のトーンは特別な気がするよ。長いツアーの後にこの場所に帰ってくるとなんだかホッとするんだ。

ーー今回のアルバムでは、何人かのミュージシャンとコラボしていますね。特に Mohna は前作『Graal』に参加したり、2017年のツアーも一緒に周っています。彼女のバンド Me Succeeds が Arp Aubert とのスプリットアルバムを以前Kiレコーズからリリースしていましたが、それがきっかけで知り合ったのでしょうか?

Ki からスプリットをリリースする前からの知り合いで、Me Succeeds の Myspace がきっかけだった。最初はメールでのやりとりだったけど、そのうちにハンブルグに住む彼女を度々訪れて一緒に音楽を作るようになったんだ。それで完成したのが2012年リリースの『Eleven』。彼女のおかげで僕のアーティスト人生が豊かになったよ。

ーークラシック・アンサンブルとコラボレーションした Christian Löffler & Ensemble も素晴らしいショーでしたよね。

ツアーでは僕の曲『Haul』や『Like Water』を一緒に演奏したよ。彼女は実験的なアプローチに対して寛大なんだ。サウンドチェックの時に実験的に鳴らしてみた新しい音を本番で使ったりもした。自分のアートや音楽に対する強いビジョンを持っていて積極的だから、一緒に仕事をすると良い刺激をもらえるんだ。

ーーアルバムの表紙はご自身で描かれたそうですが、後ろ姿の自画像ですか?

元々自画像を描くつもりなんてなかったから、「これって自画像?」って聞かれる度に否定していたんだ。この絵の原画自体は数年前に描いたもので、手を加えていつか完成させたいと思いながらスタジオの壁に飾っていたんだ。でも自画像かどうか聞かれているうちに「あれ…これってもしかしたら自画像かもしれない。その答えも悪くないかも」なんて思い始めたんだ。意図しない自画像と言ってもいいかもしれない。

ーー今年1月に Janus Rasmussen との共演で念願の初来日が実現しましたね。日本でのステージはいかがでしたか?

とにかく素晴らしいステージだったよ。オーディエンスやスタッフの温かい歓迎や気配りが嬉しかったし、サウンドシステムも最高だった。あっという間で忘れられない素晴らしい夜だった。美術館や博物館にもいろいろ足を運んでたくさんの発見があってリフレッシュできたよ。滞在中に絵を描きたいと思っていたから絵の具を買ったりもしたんだ。

ーー神奈川県の城ヶ島にも行ったとか。

都会で何日も過ごしていたから、一日だけでも喧騒から逃れたくて。携帯の地図を見ながら今すぐに行ける海辺を探していたんだ。そしたら偶然表示された城ヶ島の写真が素晴らしくて、絶対に行くべきだ思ったんだ。平日だったせいか誰もいなかったのも良かった。荒れた崖や小さな庭の写真をたくさん撮ったんだ。海の空気と新鮮な魚を味わえて楽しかったよ。

ーー今ハマっている音楽はありますか?

最近は WYS や BluntOne などのアンビエント〜ブレイクビートのアーティストをよく聴いているよ。あとは Janus Rasmussen の新曲も最高だし、Hio rや Aparde の新作も待ち遠しい。

ーー2009年に設立したKiレコーズの「Ki 」は日本語の「木」からとったそうで親近感を感じます。Kiレコーズの主宰者として、またアーティストとしての目標は?

シンプルな答えだけど、自分たちが好きな音楽をリリースして、本当に聴かれるに値するアーティストの曲を届けたいと思っているよ。レーベルメイトやスタッフは、明確なビジョンをもったデザインやアートをこよなく愛しているんだ。音楽だけでなくジャケットデザインやアートワークにも妥協したくないんだ。「自分の心の奥底にある感情を作品で表現したくてたまらない!」と思いながら活動するパッションに溢れたアーティストのためのプラットフォームを作れたらいいな。